穴滝 小樽の“秘境”にまつわる歴史など

当方で編集を担当する北海道新聞小樽版の別刷り
〈新 ねっとわーく小樽〉2018年8月15日号、
1面特集は『穴滝』。
勝納川の源頭部に位置するこの滝は、
大きな洞穴の上から一筋の水が流れ落ちる
特異な景観の見られる場所です。

市街地から1時間ほどで行けますが、
ポピュラーな観光地ではなく、
“秘境的”な趣のある場所です。
小樽市民でも行ったことのある人は、
そう多くないようです。

今回の特集記事でメインの画像として使ったのは、これ。
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紙面は1色刷りですが、撮影は3年前の6月、
新緑のきれいな時期でした。
滝の手前にある、
ちょっと高くなった場所から撮っています。
同行した女性が滝の近くにいたので、
「水にさわって」と注文つけました。
12mmの超広角で、見ようによっては
ドローンで撮ったような高度感と広がりになりました。

一般的な穴滝の写真というと……
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▲このように下から撮るものが多いです。


まあこのように、景観として魅力的な場所ですが、
今回の記事では穴滝にまつわる歴史を探ってみました。
紙面にも書きましたが、穴滝は古く(明治の末頃?)から、
信仰の場となり、滝で修行する人がいたらしい。
さらには難病を患った人が治癒を願って
滝に入るようになりますが、これが大問題となります。

穴滝の下流には上水道の源となる奥沢水源地があり、
そこに病人の浴びた水が流れ込むのは大変……というわけです。
実際に病人が滝に集まっているかは定かでなく、
風評だった可能性もあります。
今よりも医療が未発達で衛生環境が悪かった時代、
難病患者に対する偏見もあったのかもしれません。

昭和7年9月1日付けの〈小樽新聞〉には、
穴滝地蔵を洞窟の外に移し、洞窟を爆破するという
ショッキングな記事が載っています。
ただし記事をよく読むと
「若し爆破が困難な場合は洞窟入口に金網を張り
絶対入洞を不能ならしめる……」
と少々“弱気”な一文もあります。
そのとおり、実際に爆破が実行されることは
ありませんでした。
昭和初期から穴滝は立ち入り禁止となったようですが、
その規制がいつまで続いたかは定かでありません。

穴滝信仰にまつわる像が、
松ヶ枝にある仏教寺院〈金比羅大本院〉にあると知ったのは、
最近のことです。現物を拝見し、住職に話を伺いました。

金比羅大本院があるのは松ヶ枝の高台。
住宅地の奥からさらに上がったところです。
訪れたのは7月下旬、
小樽でも気温30度くらいの暑さが続いたころでした。
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お寺に続く道は、両側に大きな樹木が並び
1〜2度気温が低いように感じられました。
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道沿いにはたくさんのアジサイが。
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境内の奥にある〈穴滝八大龍神〉の像。
昭和27年、穴滝を信仰する人々の寄進によって建てられ、
寺にはその名簿が残っていました。

再び穴滝の話に戻ります。
それにしてもどうしてこんな地形ができたのか。
これについては昭和13年に発刊された
〈小樽の地形と地質〉という文献に、有用な記述がありました。

文語体で書かれた本で読みにくいのですが、
要約すると穴滝のある岩壁は、
上層に硬質の集塊溶岩、下層に軟質の凝灰岩があり、
滝の流れによって下層が浸蝕され、
上層だけが残った、ということ。

ただし現在のようにわずかな水量では、
それだけの浸蝕作用があるはずもない。
穴滝のさらに上流、分水嶺を隔てて余市側に下る
畚部(フゴッペ)川の源流部の標高の高い位置に
「畚部火口湖」と呼べる湖があり、
そこから大きな流れがあったに違いない。
浸蝕によってできた穴滝の地形は、
かつてそこに大きな流れがあった証拠である……
といったことが書かれています。

調べるにつけ、単なる“奇景”ではない、
なかなか興味深い穴滝の姿が見えてきました。











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# by wilderness-otaru | 2018-08-16 10:48 | 小樽散歩 | Comments(0)

江差 姥神大神宮例大祭(2018下町巡行・後編)


お祭りは夕方の食事休憩をはさみ、
“夜の部”へ。
午後8時頃、13台のヤマが集まって
“見せ場”を作ります。
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行灯を煌々と照らしたヤマが、
狭い商店街にびっしりと並ぶ様が壮観。
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▲各ヤマはここから神社へ戻る道を
巡行していきます。
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やがて神社前の広場には、
巡行を終えたヤマが次々と
戻ってきます。
「○○山のみなさん、たいへんご苦労様でした!」
と、場内アナウンスが大声で迎え、
沿道からも拍手が起こります。

すべてのヤマがもどったところで、
神輿が神社に帰る“宿入れ”。

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▲神輿が通る参道を
たいまつの火で清めたのち……
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▲神輿が勢いよく駆け上がります。
しかし、すんなりとは終わらない……。
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▲社殿の手前で神輿は止まってしまう。
神輿に乗って街を巡った神様は、
楽しくてまだ神社に帰りたくない、
と言っている様子を表しているのだそう。
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▲再び清めては、神輿が駆け上がり……
という動きを繰り返します。
神輿は3基あり、最初が7回、
次は5回、3回と繰り返すので、
合計では実に15回にもなります。

終わったときには沿道から
やんやの大喝采!
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この日の行事がすべて終わったのは
11時近く。
各ヤマはそろぞれの町に、
またお囃子を奏でながら
ゆっくりと帰って行きます。

明日は巡行2日目、上町を巡ります。
江差のお祭りはエネルギッシュ!
感動的です。








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# by wilderness-otaru | 2018-08-14 12:03 | 北海道の各地 | Comments(0)

江差 姥神大神宮例大祭(2018下町巡行・前編)

毎年8月9〜11日に行われる
江差町の〈姥神大神宮例大祭〉。
昨年、初めて見に行きましたが、
その魅力にハマってしまい、
今年も出掛けてきました。
見たのは10日の午前から。
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各町内の「ヤマ」(山車/ダシのことをこう呼びます)
神社の前に集まり始めていました。
各ヤマはこのときからすでに
笛と太鼓のお囃子を奏でていて
風雅な旋律が街に響きます。
これを聞くと、あ〜江差のお祭りに来たな……と
気分が高揚します。
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腹ごしらえも万全。
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▲まずは神輿の行列が神社を出発します。

その後、ヤマの行列が続くのですが、
出発する前にお囃子コンクールのため、
各ヤマが順番に演奏し、審査員が採点します。
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演じるのはおもに小中学生たちで、
少々緊張気味の様子。
13のヤマの演奏が終わったところで、
行列の出発となります。
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▲背後に見える建物は横山家。
名物「鰊そば」を提供し、
建物内部が一般公開されていました。

しかし今春、当主が亡くなって営業は休止。
昨年訪れたときには、ご本人から
昔の町のことなどについて話を伺ったのですが、
とても残念です。
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▲船頭役のお稚児さんを載せた「松寶丸」。
唯一、船の形をした異色のヤマで、
弘化2(1845)年の製作という歴史あるもの。
北海道の文化財に指定されているらしい。
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出発して間もなく、やや強いにわか雨。
この日はぐずついた天気でしたが、
幸いにも、雨が降り続くことはなく、
なんとかもってくれました。
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笛・太鼓の音を響かせながらも
行列の進行は、とてもゆっくり。
こののんびりしたムードがいいんだな……。
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夕方近くには、豊川町で行列は折り返し。
ヤマどうしのすれ違いが見られます。
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お囃子が子守唄。
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このあと行列はいったん休憩。
食事をとったあと、
再び夜の部が始まります。

〈つづく〉











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# by wilderness-otaru | 2018-08-13 10:57 | 北海道の各地 | Comments(0)

〈海王丸〉を見る

帆船〈海王丸〉が小樽港に来ています。
7月26日から防波堤の外にしばらく停泊し、
潮まつり期間中にも埠頭のあたりから小さく、
その姿が見られました。

30日からは港内に。
ただし接岸したのは中央埠頭で、
ここは一般の立ち入りができないため
船を間近に見ることができません。

そこでカヤックを漕いで近づきます。
カヤックなどの船は「雑種船」と分類され、海の法規(港則法)上、
港内への進入は特に規制されていません。義務としては単に、
他の船舶の航行を妨げない、といった程度です。

早起きして4:30過ぎに東小樽の海岸をスタート。
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防波堤を回り込んで港内へ。
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朝日を浴びる帆船が見えてきた!

手前のフェリー埠頭には〈らべんだあ〉。
新潟から4:30に到着したばかりの船です。
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“キリンさん”こと、ガントリークレーンとのツーショット。
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まぢかに見上げる船は、すごくきれいでした。

残念ながら今回は、セールの展開はなし。
今日(8月3日)の午後には
釧路に向けて出港するらしい。

以前に小樽でセールドリルを行ったのは1980(昭和55)年。
もしや、と思って、とあるところの
ストック画像を探したら、ありました。
そのときの画像です。
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(1980.11.5)


同じ海王丸でも先代の船だそうで、
今回入港しているものとは違います。
初代・海王丸は1989年に引退したそう(by wiki)。

2003年10月にも海王丸は小樽に来ています。
そのときは船内が一般公開されましたが、
セイルドリルはなかったようです。



【余談】
この文章を書くにあたり北海道新聞のデータベースで
「小樽 海王丸」と検索したら、
ヒットした見出しはわずか1件、
「ナマコ密漁阻止 合同パトロール」というもの。
なんかヘンだと思って記事を開いたら、

ナマコの密漁を阻止するための合同パトロールが27日、
神恵内村内の海岸で行われ……(中略)……
参加者は車で海岸をパトロールしたほか、
海上からは道の漁業取締船「海王丸」が警戒。

ですと。う〜む。
(記事は今年6月30日・道新小樽・後志版)









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# by wilderness-otaru | 2018-08-03 12:17 | できごと | Comments(0)

夕暮れどきの塩谷

カヤックはちょっと久しぶりです。
6月から7月半ばまで、
天候に恵まれない日が多かった……。

久々に漕ぐのは塩谷。
出艇したのは夕方5時過ぎでした。
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東側、立岩方面に向かいます。
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17時発のフェリーが沖合いに見えました。
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カモメの幼鳥か?
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# by wilderness-otaru | 2018-07-31 23:22 | 小樽散歩 | Comments(0)