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道外遠征 北陸の旅【6】 能登・福浦〜天領黒島

金沢をあとにして能登へと向かいます。
半島の西海岸を北上しますが、
ここで楽しみなのが〈なぎさドライブウェイ〉。
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羽咋市の日本海に面した長い砂浜で、
砂が固く締まっているため
クルマで走れるという場所です。

長さは約8km。
(と、観光ガイドなどに書かれていますが、google mapで南北の入口間を測ったところでは6.2kmでした)
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走ってみるとなるほど、潜りも滑りもしなく、
まったく危なげないどころか、でこぼこもないので
非常に走りやすく、乗り心地もすごぶるいい。
全国の主要道路はすべて、ここの砂にしてもらいたい……
などと思ったくらいで。


その後は羽咋にある、能登を代表する神社、
氣多大社でお参り。
カヤックのために「海上安全」のお札をいただきました。

お授け所では「海上安全でいいですか?」と念を押されました(笑)
たしかに、あまり一般的ではないよね……。
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巫女さんの赤いゴムブーツ姿がキュートな感じ。
朝まで雨が降っていたから。

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羽咋の北、志賀(しか)町・福浦(ふくら)で訪ねたのは、
灯台の傍らにたたずむ「腰巻地蔵」。
福浦は北前船の寄港地として栄えた港で、
船宿や遊郭があったらしい。

そこで船乗りとしばしの恋仲になった遊女は
村はずれにあるこの地蔵に、人目を忍んで腰巻をかぶせたのだそう。
本来は海の安全を祈るべき地蔵に、不浄の腰巻を掛ければ、
地蔵の怒りで海は荒れる。
そうすれば船は出られずに、船乗りとしばらく一緒にいられる……。
そんな微笑ましいような、悲しいような言い伝えが
この地蔵には残っています。

※この話は高田宏氏の名著『日本海繁盛記』に書かれています。

今の福浦は、静かな漁村のたたずまい。
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福浦は向きの異なる2つの入江が
陸地に深く切れ込んだ地形をしています。
そのため、どんな風向きでも、どちらかの湾には
難なく入ることができた……とは、これも
『日本海繁盛記』で読んだ記述です。
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さらに北上して輪島市に入ります。
黒崎地区は、輪島塗りや朝市で知られる
市街の中心部からは遠く離れていますが、
かつては多くの北前船主が暮らし、
幕府の天領となっていた町です。

〈天領北前船資料館〉のほか回船問屋
角海(かどみ)家の豪壮な屋敷があり、
併せて見学することができます。
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見応えがあったのは屋敷の方でした。
居室と離れて食品などの蔵が並びます。
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これも敷地内。ひんぱんに増改築が行われるため、
大工さん専用の倉庫もあったんだって!
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一方の資料館でひときわ目を引くのが
お祭りで使われる山車(やま)
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歴史上の人物をモチーフにした豪華な造りです。
ひと目見て驚いたのは、江差・姥神神社の祭りの山車に
そっくりだったこと。
どちらも京都・祇園の祭りに近いと思われ、
この「繋がり」は実に感動的な驚きでした。

資料館には2基の山車が展示……というか“収納”でもある……されていて
建物自体がそれに合わせ、高さのある造りになっていました。

実に中身の濃い見学を堪能したあとは、
街を歩いてみます。
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黒瓦、下見板張り、格子戸という統一感のある街並みは
まるで時代劇のセットのよう。
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一般的な旅行ガイドブックではほとんどふれられていませんが、
天領黒島、すばらしいところでした。








# by wilderness-otaru | 2019-05-20 10:26 | 北海道外のこと | Comments(0)

道外遠征 北陸の旅【5】加賀市から金沢へ

北陸の旅レポをアップロードし始めて、はや4日目。
そろそろ小樽ネタに戻りたいのだけれど、
なかなか終わりません。
せっせと書きます。

塩屋、瀬越、橋立と北前船主ゆかりの地を訪れた翌日、
加賀市・大聖寺市街にある〈九谷焼美術館〉を訪れました。
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展示されている作品は古典から現代アートまで、多彩です。
どういうものが九谷焼なのか、わからなくなるくらい。
蘊蓄はさておき、多種多様な焼き物は見応えがありました。

建物も非常にスタイリッシュです。
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2階のカフェでひとやすみしましたが、
器も洒落ています。
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傘立てひとつ見ても……。

その後、金沢市内へ移動。
久しぶりの大都会、という感じです。

金沢は滞在時間も短いので、
下調べはあまりしていませんでした。
街の中心部をぶらつきながら、目を惹かれたのがこれ。
尾山神社です。
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一見して神社とは思えないインパクトある外観に、
吸い寄せられるように境内へ。
ユニークな建物は「神門」で、
社殿そのものは伝統的、オーソドックスな造りです。
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このあと金沢城址、兼六園などポピュラーな
観光ルートをたどりました。
最後に寄ったのは、にし茶屋街と寺町。
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▲“京都的”風情ある街並み。
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▲こちらは寺町、妙立寺の裏側。
おもて側の看板に“忍者寺”とありました。
あとで調べたら、忍者とは無関係だが
建物に忍者屋敷のような仕掛けがあるらしい。
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金沢市内では半日を過ごし、さらに先へ。
明日は能登半島に進むつもり。

ブログもペースを上げて進めますよ(笑)








# by wilderness-otaru | 2019-05-19 22:22 | 北海道外のこと | Comments(0)

道外遠征 北陸の旅【4】北前船主の村、橋立 

瀬越をあとにして、もうひとつの北前船主の村、橋立へ。
ここにある〈加賀市 北前船の里資料館〉を訪ねるのが、
今回の旅の大事な目的のひとつでした。
加賀の旧船主村では、ほぼ唯一の見学施設です。
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資料館は北前船主のひとりである
酒谷長兵衛の屋敷を利用したもの。
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太い梁が豪勢な感じですが、さらに漆を
何回も塗り重ねた贅沢な造りです。
立派な屋敷ですが、それでも酒谷家は
橋立の北前船主のなかで中の上クラスだったらしい。
では最上クラスは、いったいどんなものか……。

資料館の敷地内には土蔵が6棟もあり、
その中で多数の船絵馬、回船問屋や温泉宿などの
引札(広告チラシのようなもの)が展示されていました。

見応えある資料館でしたが、赤瓦の目立つ
街並み全体も、いい風情があります。
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こちら〈蔵六園〉も北前船主の屋敷で、
特に庭園が見ものらしい……が、
この日はお休みでした。連休中なのに残念。
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屋敷町のなかで注目したいのは
笏谷石(しゃくだにいし)の石垣です。
石垣の表面に薄い石材を張った造りで、
よく見ると鉄の金具で打ち止められているのが
わかります。
笏谷石は濡れると青味を帯びた
独特の美しい色合いが出るのだといいます。

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古色漂う橋立の町を歩くのは、実に楽しい時間でした。
それにしても……と思うのは、なぜこの地が
多くの北前船主を輩出し、日本有数の大富豪を
生み出すまでになったのか。
橋立、塩屋、瀬越、いずれも海に近いとはいえ
大きな港があるわけでもありません。

北前船に関して平易に解説した文章は多数あり、
大坂から瀬戸内海経由で蝦夷地までを往復したこと、
単なる運搬船ではなく、途中で商いを続けたこと、
航海は1年に1度だけだったこと……
などが説明されます。

しかし、北陸地方から多くの船主が生まれた理由に
ふれているものはあまり見かけません。
ごく簡単にいえば
⑴北陸の海沿いに住む人々が、船の扱いに慣れていることから
年貢米を海路で運ぶ役目を担い始めた。
⑵蝦夷地で交易を行っていた近江商人たちが、北陸の船主たちに
蝦夷地往復の荷運びを依頼するようになった
⑶そこから船主たちは蝦夷地への航海とそこでの商いを学び、
独自に船を使った商いをするようになった
……ということだと思います。

船主村となった地域は平地が乏しいため農業に適さず、
海に出て稼ぐしかなかった……といった説明も
どこかで目にしました。
でもそんな場所、他にいくらでもあるよね……。

ある程度の知識は仕入れたつもりでも
「なぜ加賀、特にこの3つの村が……?」
という素朴な疑問は簡単に解決しません。
現地を訪れて小さな集落の様子を目の当たりにし、
釈然としない思いは、むしろ強まったくらい。
静かな漁村と、“船主村”との分かれ目は何だったのか……。

しかしそういう"よくわからない"部分がまた、
北前船の歴史を探るうえでの奥深さになっている
のかもしれません。

旅はまだまだ続きます。








# by wilderness-otaru | 2019-05-18 00:44 | 北海道外のこと | Comments(0)

道外遠征 北陸の旅【3】いざ加賀へ。北前船主の村を訪ねる

福井から石川県に入りました。
県境近くを流れる大聖寺側の河口近くにある
塩屋と瀬越(せごえ)は、ともに北前船主の村として
知られたところです。
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▲大聖寺川の河口、塩屋の海岸。
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▲遠くの雪山は白山だろうか。

塩屋の町はいたって静かで、
海岸に釣り人の姿がわずかにあっただけでした。
北前船に関する史蹟や見どころは、何もありません。

1kmあまり上流側、瀬越に行ってみます。
ここでまず訪れたのが「竹の浦館」という施設。
昭和5年に建てられた旧「瀬越小学校」の建物を再生し、
今は地域のコミュニティスペースとして使われています。
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遅咲きの桜がきれいでした。
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角谷家、四方(よも)家など瀬越の北前船主たちが奉納した船絵馬も
いくつか、さりげなく置かれていました。
もとは白山神社に奉納されたものらしい。

川のほとりに建つ大きな屋敷は、大家(おおいえ)家。
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大家家は小樽を拠点としていて、
小樽運河近くには大きな石造りの「大家倉庫」が
今も健在です。

瀬越の大家家は広い敷地を板塀が囲む、重厚な構えです。
しかし敷地内の母屋など主要部分は
昭和50年代の火災で焼失してしまいました。

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外から見るだけでも、風格ある様子がうかがえます。

ところで竹の浦館ではスタッフの方から
「大家さんのお嬢さんが喫茶店をやってますよ」
という話を聞きました。
そこへ行ってみることにします。

Chilly&Toastyという洒落た名前の店は、
お屋敷からほど近い、川沿いにありました。
(略して“チリトー”と呼ぶらしい)
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オープンスペースたっぷりの、とても気持ちいいロケーション。
開店からまだ1年足らずだそう。
しかしつい最近、雑誌で紹介され、連休ということもあって
たいへんな忙しさになってしまったらしい。
お客はほとんどが女性でした。

僕らが行ったときは先客が5〜6人だったけれど、
コーヒーだけ頼んでも30分経ってもまだ来ない。
店主がひとりで、しかもいろいろと手の込んだ
スイーツを作っているので、時間がかかるようです。

普通ならイラっとしそうだけど、
不思議と穏やかでいられるのは、
心地よいロケーションと、
忙しそうなのに朗らかな彼女のおかげか……。

その後、ようやくカウンターに座ることができました。
コーヒーをいただきながら小樽から来たことを話すと、
とても驚き、喜んでくれました。
何と言っても、大家家に縁ある地ですから。

ほんとうはもっといろいろ話したいところでしたが、
客足は絶えないので、あまり長居せずに、
川辺の店をあとにしました。
その後、瀬越の集落の中を散策しました。
Chilly&Toastyのすぐ近くにある白山神社。

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鳥居を寄進したのは廣海家の五世・二三郎。
小樽の住吉神社の鳥居を寄進したのも同じ、
五世・二三郎です。
(廣海家は二代目以降代々、二三郎の名を受け継いでいます)

廣海家の屋敷はこの神社のすぐ前にありましたが、
今は跡形もなく、空き地にソーラーパネルが
びっしりと並んでいました。
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静かな風情ある瀬越の街並みは魅力的でしたが、
先に進むことにします。
次は橋立へ。

それにしても旅先で見聞きしたものはすごく多く、
旅レポがなかなか進みません。
いったいいつまでかかるのやら……。

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# by wilderness-otaru | 2019-05-17 15:22 | 北海道外のこと | Comments(0)

道外遠征 北陸の旅【2】東尋坊〜加賀 

昨日は新潟に上陸後、走ること約380km、
夜、三国に着きました。
市街地の高台にある変わった建物が目を引きます。
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オランダ人の土木技術者エッセル(だまし絵で有名な画家エッシャーの父)の設計により
明治12年に建てられた小学校の建物を近年に復元したものです。
エッセルはここ三国で港湾工事を手掛け、
そこで造られた防波堤は「エッセル堤」として現存します。

建物は龍翔館と名付けられ、博物館となっています。
早朝でまだ開いていなかったので、通過。

有名な東尋坊はここからすぐ近くです。
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いかにも有名観光地らしいにぎわい。
柱状節理の断崖が連なっていますが、
柵はまったくなく、どこでも好きなように
歩き回ることができます。
けっこう危なっかしいところもありますが、
まあ自己責任で。
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東尋坊をあとにして、石川県へと進みます。
北潟湖に沿って、のどかな風景の道です。
湖の北端近く、吉崎という集落は
蓮如上人ゆかりの地だそうで、大きなお寺があります。
ちょうど行事が行われているらしく、賑わっていました。

ところで蓮如さんって? 浄土真宗の偉いお坊さんらしい。

この近く、湖のほとりに建つのが「越前加賀 県境の館」。
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入口の階段に刻まれた
福井県 石川県 の文字に注目。
まさに県境の上に位置する建物です。
館内の展示は蓮如上人に関するものが中心でした。

ここから大聖寺川を越えると塩屋、瀬越と
加賀の北前船主の村はすぐそこです。
旅の前半のハイライト、という期待でクルマを進めます。









# by wilderness-otaru | 2019-05-16 09:48 | 北海道外のこと | Comments(0)