旧・石山中学校の円形校舎

小樽駅前から北側に目をやると、
手宮富士と通称される高台の中腹に
旧・石山中学校の校舎が見えるのは
少々意外な眺めです。
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学校は市道から奥まった場所にあるため、
近くに行くと建物の姿が見えませんが、
ずっと離れた小樽駅付近からは
遠望できるのです。
この画面のなかで
建物の並びのいちばん後ろ、
高い位置に建つ2棟がそれです。
その手前、校舎に大きな壁画が
描かれているのは色内小学校。

昭和31年5月3日には、
この色内小学校の石炭置き場で
子どもが火遊びをしたのが原因で、
一帯の216戸を焼失する
大火が発生しています。

現場が高台だけに、火事の様子は
市街中心部からはっきりと
見えたはずです。
色内小学校と石山中学校は、
ともにこの大火で
校舎のすべてを焼失しました。

石山中学校の校舎は火災の翌年、
昭和32年の10月に完成しました。
当時はどこの学校も
多数の児童・生徒を抱え、
校舎の老朽化、教室不足が深刻でした。
そんななかに姿を現した
斬新な円形校舎は、
羨望の的だったそうです。

円形の校舎は昭和30年前後から
全国的に流行し、
各地で建てられたスタイルです。
各教室は、バウムクーヘンを
切り分けたような形で、
建物の中央に螺旋階段が設けられます。
狭い土地を有効に生かせる、
窓を大きく取りやすい
といったメリットがある一方、
教壇は建物中央寄りにあるので
先生の側からは逆光でまぶしい、
また入口も教壇の側にあるため、
遅刻して教室に入ると
クラス中の視線を集めたとか……。

小樽市内ではこのあと昭和36年、
稲穂小学校にも完成しています。
しかし石山中の建物は
教室と体育館、2つの棟が並ぶ
“メガネ型”のユニークなものでした。

石山中は平成14年で廃校になりましたが、
校舎はまだそのまま残されています。
この時代に建てられた円形校舎でも
多くは解体され、現存するものは希少です
(稲穂小の校舎も平成6年に解体)。

現在、旧石山中の校舎は
博物館の収蔵庫として
使われているそうですが、
せっかくの貴重な建物を生かす、
いい活用法が見つかればいいのに、
という気もします。
しかし現実には難しいらしい。
すでに老朽化が進んでいるうえ
現在の耐震基準に合わないので、
使える状態に改修するには
多額の費用がかかるらしい。

参考までに、以前撮った
校舎の写真を載せてみます。
現在、敷地内は
立ち入り禁止となっています。

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私自身に石山中との接点はありませんが、
円形校舎として思い出すのは
西新宿にあった文化服装学院です。
たぶん8階建てくらいの大きな建物が
甲州街道を通る車からもよく見えて、
子どもの頃から珍しい建物だった
との印象があります。

中学生のときには、模擬試験会場として
何度か行ったこともありました。
いま調べてみたらあの建物もやはり同時代、
昭和30年に完成したもので、
平成10年に取り壊されたということがわかりました。


2014年春の画像はこちら






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by wilderness-otaru | 2013-03-06 18:24 | 小樽散歩 | Comments(1)
Commented by 永江聡 at 2013-08-16 18:58 x
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