2013年初夏のオタモイ海岸

小樽市街北側のオタモイ海岸は、
断崖絶壁のなかに位置する
「秘境」と呼ばれるに相応しいところです。
この海の青さ。
これぞOtamoian Blue!
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▲斜面の中ほどに見える建物は
「オタモイ地蔵」。
この地に初めて地蔵が祀られたのは幕末、
嘉永年間にまで遡るといわれる、
古い歴史をもつ地蔵堂です。
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▲辺鄙な場所にありながら、
ここには今も番人が定住して、
地蔵堂の管理にあたっています。
こんな場所に一人で暮らしているなんて
仙人みたいに思われそうですが、
実は気さくな方で、
訪れる人とおしゃべりを楽しんでいます。
ぼくもこれまでに地蔵堂の昔ばなしなど、
いろいろ聞かせてもらいました。

ところでこのオタモイ海岸では昭和初期、
一大歓楽地として賑わった時期がありました。
断崖上の、信じ難いほど険しい場所に
「龍宮閣」と名付けられた料亭が落成したのは昭和9年。
周辺には演芸場や食堂なども建てられ、
多くの人を集めて賑わっていたのです。
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▲龍宮閣があったのはこの場所。
海面から30数メートルの高さ、
目の眩むような絶壁の上です。
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▲海岸から見ると、こんな具合です。

龍宮閣に行くため、
岩肌を切り開いて細い通路が造られました。
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▲途中には素堀りの小さなトンネルも、
3ヵ所にあります。

開業当初にはその度肝を抜く造り、
ロケーションの素晴らしさで
一世を風靡した龍宮閣でしたが、
活況は長く続きません。
10年も経たないうちに
戦争の時代を迎え、
営業休止を余儀なくされます。
戦後、営業再開を果たしたのは
昭和25年頃のようです。
しかし昭和27年、その年の
営業開始に向けた準備のさなか、
火災で焼失という不運に見舞われたのでした。
地形的に水利が乏しく、消防体制など
ないに等しかったのだろうと想像します。

近年でも地蔵堂へのお参りや、
絶景を見に訪れる人は少なくありません。
しかし2006年春に、歩道の一部で
落石が起きたのを機に、
地蔵堂への道は通行禁止の措置が取られています。
しかしながら先述のとおり、
地蔵堂には管理人が定住しているため
完全に歩道を閉鎖することはしていません。

現在では遊歩道の入口にフェンスが設けられて
鍵が架かっています。かたわらには看板があり、
お参りの人は電話してくれれば
鍵を開けるという趣旨のことが書かれ、
電話番号が記されています
(余談ですがオタモイ地蔵堂の電話番号は
小樽市の電話帳にもちゃんと載っています)

もっとも実際には電話すると
鍵を開けに来てくれるのではなく、
柵の横の開いてるところを通って来て、
と言われるみたいですが……(笑!!)
こうして、市ではあくまで「立入禁止」、
地蔵堂管理人は「通してあげます」という
奇妙な“ねじれ状態”が続いているわけです。

2006年の落石以後、しばらくは柵が傷んだり
遊歩道上に土砂が溜まった箇所がありましたが、
いつのまにかそれも修復されています。
しかしそれをもってしても、だから通行可能、
ということではないようです。
まあ「万が一何かあったら……」という
役所的な事情なのでしょう。
確かにこれだけの大きな岩肌が頭上にそびえていれば、
大なり小なり、絶対に落石が起きないと
言い切るのが難しいことは確か。

しかしこの絶景の地を堂々とPRすることもできず、
何やら釈然としないものを感じながら
訪れるしかないのは、
まったく残念なことだと思います。

そんなことを考えつつ遊歩道を出ると、
ちょうどスケッチブックを小脇に抱えた女性グループが、
にこやかに談笑しながら慣れた足取りで、
当たり前のようにフェンス脇の隙間を
通り抜けていくところでした。

◆後日、夕陽を見に再訪しました。

◆さらに後日、厳冬期のオタモイへ!



【追記】
この記述は2013年夏に書かれたものですがその後、
再び崩落があり、状況は変化しているようです。
あくまでも立ち入り禁止ですので、
通行はされませぬように……。









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by wilderness-otaru | 2013-06-30 00:34 | 小樽散歩 | Comments(0)
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