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桃岩、石切場の跡を見る。

塩谷・文庫歌を出て、
笠岩から桃内海岸・桃岩へと進みます。
往復で3kmほどの軽〜いパドリングです。

このコースを漕ぐきっかけとなったのが、
小樽市総合博物館で行われた、
小樽軟石に関する講座。
3月12・19・26日と3回シリーズで行われ、
僕は19日を除く2回を聴きに行きました。

小樽軟石といえば市内に多数残る、
石造り倉庫などにも使われた石材です。
天狗山の麓などと並んで、
主要な産地だったのが、桃岩でした。

そこまでは知っていましたが、
桃岩の石切場の跡が
はっきり残っているということは、
講座の1回目で初めて知りました。

桃岩と呼ばれる大岩があるのは、
笠岩から700mほど西です。
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これが桃岩です。
桃の形に似ている、というのが名の由来らしいけど、
うーん、似てるか??
桃内の海岸にあるから桃岩、ではないか……。
ちなみに桃内はアイヌ語由来の地名です。

一帯では明治時代から石が切り出され、
本来の岩の姿はかなり変わっているらしい。
真ん中に穴が開いているように見えるのも、
石を切り出した結果です。

『忍路郡郷土誌』(昭和32年刊)によると、
昭和12年頃までは、この桃岩のすぐ傍らに、
これと同じくらいの岩山があったが、
明治初年から軟石の採掘が進んだ結果、
内部が空洞となりついに崩壊した、とのこと。

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▲海側に開いた穴からアプローチします。
もとは天然の洞窟なんだろうか……。
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▲しかし中では直線的に石が切られていて、
人為の痕跡が明らかです。
大きさがわかりづらいですが、
画面中央の垂直に切り立った部分で、
高さ3mくらいはあります。
桃岩、石切場の跡を見る。_d0174510_23580650.jpg
それにしてもどうやって石を切ったのだろう。
動力はあったのか、それとも人力で?
切ったのではなく、割ったのか……。
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▲前述『忍路郡郷土誌』巻頭の写真。
まさに「すぐ傍らに、これと同じくらいの岩山があった」
という様子がわかります。
陸側の岩山は、確かに大きく削り取られています。
それに比べると、こちら桃岩での採掘は、
ずっと規模が小さかったようです。
桃岩、石切場の跡を見る。_d0174510_00003185.jpg
▲こんな穴も開いていました。
これはどうやら、石を下に降ろして、
船に積み込むためのもの、と想像します。
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この桃岩、海岸からは数十mの近さにありますが、
完全な陸続きではなく、歩いて渡るのは困難。
ウェーダーを履いていれば、
何とかなるかも、という状況でした。

再び海上から。
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▲右の後方は積丹半島、余別岳。

こうして見ると桃岩は下の方と上とで、
地質が違っていることがわかります。
上の方は凝灰質砂岩、下は軽石凝灰岩、
と前日の講座で聞いたばかりです。

ちなみに小樽の軟石は、
火山灰などの噴出物が、
水中に堆積してできたものなのだそう。
水中ではさまざまな物質が混ざり合うため、
そこからできる石は均質でなく、脆い。

対して札幌軟石は、支笏火山の噴火による火山灰が、
陸上に積もってできたものであり、
石は均質で、強度が高い……
ということを、今回の講座で知りました。

小樽は地質学の研究者にとっては、
国際的にも(!)注目されるところで、
特に忍路は研究対象として、
非常に貴重な場所なのだそう。

兜岩をはじめ変わった岩があるな、くらいには
思っていましたが、
そんなすごい場所だったとは!
地質のことを知ると、
海岸を漕ぐ楽しみが増すかも……。









by wilderness-otaru | 2016-03-29 00:42 | アウトドア | Comments(0)
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