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カモメの大群!?

この春は小樽周辺の海岸で、
カモメの大群が見られることが話題になっています。
3月中旬あたりから増えてきたようで、小樽港内でも
防波堤の上などにカモメがぎっしり集まっている様子が
SNSなどにも載っています。

小樽築港マリーナ近くの群れを見てきました。
なるほど、けっこういますね。
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防波堤上に大群がいました。
この日は晴天で、増毛方面の雪山がくっきり。
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▲なぜか局地的に密集しているのがフシギ。
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そもそもカモメの仲間の鳥としては
オオセグロカモメ、ミツユビカモメ、シロカモメなど
いくつかの種があることを漠然と知っていましたが、
ずばり「カモメ」がいることは知りませんでした。
しかも渡り鳥だったとは……。

カモメの仲間なんて、渡りをするまでもなく
いつでもどこでもしぶとく生きてる印象があったのだけど、
誤解でした。

撮影したのは4月11日。
シベリア方面への渡りは始まっていて
すでに大群のピークは過ぎていたようですが、
それでもなかなかの壮観でした。

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港内には別の水鳥の一群もいました。
スズガモです。
これは留鳥。







by wilderness-otaru | 2019-04-13 21:24 | できごと | Comments(0)

新紙幣に採用、渋沢栄一と小樽

紙幣のリニューアルが発表されたのは4月9日。
新聞では夕刊に第一報が載りました。

新1万円札に使われる肖像画は、渋沢栄一。
明治時代後期から昭和初頭にかけて
全国各地にさまざまな事業を興した実業家です。

小樽では運河沿いに「渋澤倉庫」の名を冠した建物が現存します。
旅行ガイドブックなどで小樽運河を紹介する
最も典型的なアングルの写真にも、
この建物はほぼ必ず写ります。

渋沢ゆかりの会社が多数あるなかで
社名に「渋澤」が付く現存の企業は数少ない。
ここでは人気観光スポットのど真ん中に
社名が記されているのだから、これはなかなかレアです。
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新紙幣関連のニュースでは、きっと
この建物が話題になるだろうと思っていましたが、
あれ〜?? 意外にも北海道新聞の記事でもゆかりの企業として
北海道ガス、函館どつく、サッポロビールなどを
紹介しただけで、小樽の渋澤倉庫は完全にスルー。

全道版はともかく、小樽版で渋澤倉庫は外せないでしょ……と思っていたら
本日、11日の朝刊の小樽版にようやく、関連記事が出ました。
運河沿いに倉庫が2棟、北運河に1棟、さらに
渋澤が設立に関わった第一銀行の旧小樽支店と、
市内に計4つ、渋澤ゆかりの建物があるという内容。

実は埠頭にもう1棟、倉庫があるから
計5つなんですけどね……(後述)。
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運河沿いの2棟がこれです。
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倉庫が建つ埋立地は大正12年に竣工し、
倉庫は12〜13年に建てられたものとみられます。
大正15年発行の地図を見ると、この埋立地に
渋澤倉庫の名が記されているので、
埋立て当初から渋澤倉庫が、ここに立地していたことは
間違いなさそうです。

社名とともに記される「印(しるし)」は
和楽器の「鼓」を立てた形に見えることから
「立鼓(りうご)」と呼ばれたもので、さらに
横に帯が入っていることから「オビリウゴ」の
呼び名もあったらしい。
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運河沿いの倉庫2棟はどちらも飲食店として使われていますが、
ここにも「オビリウゴ」の印が記されています。

▼もう1つ、北運河沿いにある渋澤倉庫の建物がこれ。
今日の北海道新聞の記事には
この建物の写真が載っていました。
ただし「渋沢」の文字も、オビリウゴの印もありません。
運河沿いの倉庫の方が、絵になると思うのだけどね……。
なんといっても「渋沢」の文字が入っているし。
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2棟の石蔵の上に大屋根を架けて
ひと続きにした形の建物です。
向かって右がPressCafe、左側がライブハウスGoldStoneとして
使われています。
建物は明治25年頃に落成していて、建て主は
遠藤又兵衛(小樽警察署の並びに屋敷が残っています)

渋澤倉庫が小樽に進出したのは大正4年で、
そのときにこの建物を取得したようです。
遠藤の店は経営不振に陥って、この倉庫を手放したのだとか。

第三号埠頭(南側)にも「渋澤倉庫」はあります。
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あまり一般の人が立ち入らない場所だから、
気付かれないのかもしれない。
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大きな建物ですが、埠頭上の他の倉庫と同様、
使われている気配はなく、少々荒れ気味に見えます。
それでもオビリュウゴの印はくっきりと。


もうひとつ、建物として目に見えるものではないけれど、
小樽と渋沢栄一の接点といえるのが、
函館から小樽に至る「北海道鉄道」。
現在の函館本線の一部となる路線です。
明治29年に「函樽鉄道」として会社が設立されますが、
このときに設立発起人となったのが渋沢栄一。

函館〜小樽の路線は、日露戦争に備えた
軍事輸送の目的が加わって短期間に工事が進み
明治37年10月に全線開通します。
明治40年7月には国有化されますが、
買収の条件は会社にとって厳しい内容で、
損失だけが残る不本意なものでした。









by wilderness-otaru | 2019-04-11 14:59 | 小樽散歩 | Comments(0)

勝納川の鯉のぼり 生みの苦労も……

毎年5月の節句が近付く頃、
若松町、新富町にかけての勝納川で
川の上に架けられるたくさんの鯉のぼりが
風物詩となっています。

この日は街なかを歩いていましたが、ちょうど、
鯉のぼりを設置しているところに遭遇。
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架けられた状態は毎年目にしますが、
作業を見るのは初めてです。

町会の方に聞いたところ、
「今年でもう17年目。正直やめたいけど、
やめるにやめられない……」と苦笑気味。
始めた頃はまだ若かったけど、
みんな年取っちゃったからね〜と。

昨今、町内会でも役職のなり手がない、
という話はよく聞きますが、ここでもやはり。
鯉のぼりの作業は、川沿いの柵を乗り越えたり、
高いはしごに上がったりするので、
確かに大変そう。危険でもあります。
見たところ作業に関わる人の多くは
けっこうなお年のようでした。

設置作業だけでなく、あらかじめ
川原の草刈りをし、鯉のぼりの補修をし、
という作業もあるのだそうです。

今まではできあがったところだけを見て、
きれいだ壮観だ、と言ってましたが、
生みの苦労も大きいことを実感した次第です。
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南樽市場から上流側はすでに完成してました。
このとき、作業開始から約2時間半とのこと。
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by wilderness-otaru | 2019-04-08 10:35 | 小樽散歩 | Comments(0)

ジャンプ少年団

少し前のできごとですが、
潮見台シャンツェで「小樽ジャンプ少年団」の
練習を見てきました。
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▲上の3点はリモートレリーズで。

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ジャンプの重い板を担いで
急な階段を上るのは大変そう。
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▲これは初めて間もない子。
幼稚園の子かな。
最初はアルペンの板を使い、
雪を盛り上げて作った小さなジャンプ台を飛びます。
でも急斜面に向かって直滑降していくのだから、
小さい子には勇気がいることだろう。

ジャンプ競技ってゲレンデスキーに比べて
ポピュラーとはいえませんが、
小樽には市街地のなかに、こんなシャンツェがあり、
競技をまぢかに見ることができます。

小樽は昔からジャンプ競技の盛んな土地柄で、
スキーが伝わってまもない大正から昭和初期にかけて
ジャンプが盛んに行われ、国際大会で活躍する選手も
多数、輩出してきました。

少年団も昭和の終わり頃までは
数十人の団員を抱えて活動が盛んでしたが、
次第に数が減って10数年前には、クラブ存続の危機に……。
そこでOBが立ち上がって運営を支え、
ようやく立て直し、今日に至ります。








by wilderness-otaru | 2019-02-27 10:15 | 小樽散歩 | Comments(0)

フレディ・マーキュリーと金閣寺

映画「ボヘミアン・ラプソディー」について。

今さらいうまでもないですが、かなりの人気です。
僕は2回観ました。

すごいヒットのようで、
一種の社会現象としてTVのニュース番組なんかでも
取り上げられているのをいくつか見ました。

リアルタイムのQueenを知らない
若い世代にも受けているそうですが、
僕が観たかぎりで映画館の観衆は、
自分と同じ50代くらいとおぼしき同世代の
おじさん・おばさんがほとんどで
親近感&安心感がありましたね……。

ま、世代的には70年代半ば、最初期のQueenを
ドンピシャで知っているわけです。
しかしQueenというバンドには、
実のところほとんど思い入れがない。

今でいうビジュアル系のハシリみたいなところがあって
女子受けするバンドという印象が強かった。
何だかオペラライクな派手なコーラス、
大仰なアレンジが鼻についたし……。

当時の僕ら、ギター小僧の多くは同時代の
パープル、ツェッペリン、ベックにクラプトンあたりを
“神”と崇めていたと思います。
(思えばすごい時代だよね……)

というわけでQueenの映画ができると聞いても、
当初はあまり関心がなかった。
知ってる曲もいくつかの“超有名曲”以外には、
あまりなかったし……。

しかし観てみたら……スゴいね、これは。
感動しました。

何といっても後半、ライブの場面のリアリティがすごい。
ギター弾きの目線で観ても、違和感がまったくない。
俳優はもともとのミュージシャンではないのに、
相当な練習を経て楽器をマスターしたらしい。

映画のなかで印象に残ったシーンは数多くありますが
ひとつ、フレディ・マーキュリーの自宅(?)内のシーンで
壁に貼られていた金閣寺のお札。
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映画の後半、フレディがソロ活動を始め、
バンドが不穏な雰囲気になるあたりでしたが、
フレディの背後に、この金閣寺のお札がはっきり映っていました。
たまたま映ったという感じではなく、
アングル、時間の長さともに、
すごく意図的に映されたことが明らかです。

フレディはかなりの親日家だったらしい。
映画のなかでもキモノをガウンのように羽織っていたし。

このお札、僕の仕事部屋に貼ってあるものですが、
実のところこれは金閣寺参拝の際の入場券です。
毎日目にしているこのお札が、映画館のスクリーンに現れたときは、
え〜っと驚き、次いで笑ってしまった。

京都のほとんどの社寺では参拝料として数百円を取ります。
多くは普通のチケットですが、金閣寺で受け取るのはこのお札。
僕が京都に行ったのはもう20年近く前になりますが、
このお札は部屋の壁にずっと貼ってあります。
ほかの社寺の入場券はすぐに捨ててしまったけれど、
「御守護」などと書いてあると、何やらもったいない感じで。

というわけで、映画のサントラを繰り返し聴き、
Bohemian Rhapsodyのピアノやギターのフレーズを弾いてみたりと
いろいろ楽しんでいます。








by wilderness-otaru | 2018-12-22 22:45 | できごと | Comments(0)

後志自動車道 新しい高速道路ができた

先日12月8日に小樽から余市方面に行く
新しい高速道路「後志自動車道」(北海道横断自動車道)が開通しました。

さっそく気になるのは国土地理院の地形図です。
今ではウェブサイトで地形図を簡単に見ることができますが、
こうした大きなインフラの変化があるときに、
地形図のアップデートは実に早い!

最近では留萌本線の留萌〜増毛間が廃線になったとき、
翌朝に確認したら、すでに地形図から線路がきれいさっぱり
消えていました。

今回、後志自動車道の開通は8日の15:00でしたが、
その1時間後くらいにサイトを見ると、ちゃんと地形図に
自動車道が描かれていました。
15時ぴったりに新データをアップロードしたのだろうか……。

道路開通前の地図を残しておきました。
余市インターチェンジ付近で見ると……。
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▲これが開通前。
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▲これが開通後。



ところでこの道路、わが家のあたりから見えるのです。
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画面上の方、雪で白く見えるのが高速道路の法面です。
右が余市方面。
クルマのヘッドライトがかすかに線を引いているのが、
わかるかな……。
進路を示す標識の緑色が雪面に反射しています。

このあたりの地形図がこれ。
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写真に写っているのは余市方面から来た高速道路が、
小樽インター方面と札幌方面に分岐するあたり。
緑の標識があるのは、それを示すためでしょう。

この地形図を見てもわかるとおり、
小樽市街から来た札樽道は、新しい道路に繋がっていないのですね。
最寄りの朝里インターから高速に乗っても、
余市方面には行けません。

余市から札幌方面へ直行する際には
メリットが大きいと思われる道ですが、
小樽の街なかから余市方面へ行くとなると、
いったん銭函インターまで行かなくてはならない。
余市に行くためにわざわざ銭函まで走る、なんてことは
誰もしないよね……。

僕としてはあまり、この道を使うことはなさそうです。
ま、そのうち機会があったら使ってみるかも。
余市方面からの帰路とかね。
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全体で見ると、トンネルと橋が多いです。
特に毛無山と天狗山の下をくぐる
長いトンネルが目立ちます。
また朝里川温泉付近で朝里川の谷間を、
天神付近では勝納川の谷間を、
それぞれ高く長い橋で跨いでいます。

今回開通した小樽〜余市23.3kmのうち、
約50%がトンネルと橋だそう。
いかにもおカネがかかっていそう。

まだ走っていないからわからないけれど、
どのくらいのクルマが通っているのだろう。
上の写真を撮影したのは午後10時過ぎでしたが、
通るクルマは数分に1台という具合。
夜空の流星並みに希少な感じがしましたね(笑)







by wilderness-otaru | 2018-12-12 00:08 | できごと | Comments(2)

浜益・黄金山に登る

石狩市、旧浜益村のエリアにある黄金山(こがねやま)は、
とてもユニークな形をした山です。
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富士山にも似て整った円錐形の山容ですが、
何だかマンガに出てきそうな姿でもあります。
(マンモスの後ろでモクモクと煙をあげている火山、みたいな……)
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浜益から新十津川方面に向かう
国道451号に入り、約7km。
登山口へは林道を4kmほど進みます。

黄金山に登るのは10数年ぶりです。
前回は小学生の小僧2人を含むグループで
賑やかに登ったっけ……。

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紅葉で色付いた樹林帯を進むと、
目指すピークが見えてきた。
ここからは急登となります。
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けっこうな斜面を直線的に登る。
ロープが設けられた箇所もいくつかあり。
急ではあるけれど、荒れたところはなく
歩きやすいといえます。

山頂部に到着しました。
スタートから1時間半ちょっと。
そう長い道のりではなかったです。

岩がゴロゴロした山頂部は
狭く、かなりの高度感があります。

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黄金山の山頂部はツインピークになっていて、
上の写真で向こうに見えるのが、
三角点のある“公的な”山頂です。
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ただしこちらの方が狭いうえ、
周囲に木立があって、見晴らしはやや劣ります。

それにしても山頂部全体が、切り立った岩場で
なかなかスリリングです。
高所恐怖症の人は足がすくむかも……。
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山頂の北側、群別岳(“くんべつだけ”と読みます)
暑寒岳、南暑寒岳など
増毛山地の山々がくっきりと。
どれがどの山か、よくわかんないけど……。
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山頂部にはこんな岩壁がありました。
まるで人が造った石垣みたいです。
柱状節理の一種だろうか。

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帰路はもと来た急斜面を下ります。

山頂でゆっくり過ごしましたが、
所要は往復で4時間くらい。
比較的手軽に登れ、景色もいい。
楽しい山です。

ところで「黄金山」という名前は、
どのように付けられたのだろう。

家にある本で調べたかぎりでは
この山の一帯では明治35(1902)年に、
黄金村が発足しています。
文献には「伝説の黄金山にちなんで……」
とありますが、山自体の命名の由来は不明。
黄金村自体もわずか5年で浜益村に編入され、
その名が消えてしまう。

山からの帰り、今春に開業した厚田の道の駅に寄ったところ、
館内には地域の歴史などに関する
充実した内容の展示コーナーがありました。
そのなかに黄金山に関する解説パネルもあり、
それによれば「アイヌ文化にまつわる景勝地として
国の名勝“ピリカノカ”の構成資産の1つに指定されている」
とのこと。

北海道教育委員会によるピリカノカの解説資料には、
山のアイヌ語名は「ピンネタイオルシペ」すなわち
「樹叢の平原の中にそびえる雄山」。
ユーカラに少年英雄として登場する
ポイヤウンペの拠点としての伝承を育み、
アイヌの人々を長く守護し続けたといわれています。

とありました。
この山は聖地、崇高な場所だったようです。

あ、それから道の駅の展示によると
黄金山の本体は約700万年前〜170万年前に
地下から上昇してきたマグマが冷えて固まった
板状の溶岩、だそう。

整った円錐形ではあるけれど、
火山の噴火でできたわけではない……
ということがわかりました。

なかなかタメになる道の駅でした。


山頂からの展望は動画でどうぞ。














by wilderness-otaru | 2018-10-24 00:27 | アウトドア | Comments(0)

紅葉を見に 定山渓〜豊平峡編

紅葉が見頃の10月中旬、ニセコに続いて
定山渓に行ってきました。
朝里峠を越える道道1号は、
小樽市街を出たあとは信号が1つもなく、
快適に走れます。
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途中「さっぽろ湖」の畔からの眺め。
晴れて無風、水面は波もなく鏡のようです。
何度も通っている道だけど、
これほどのコンディションは珍しい。
ゴツゴツとした“ジョウテン”(定山渓天狗岳)の姿が
すっきりときれいに見えました。
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釣り人のボートが進んできた。



このあとは豊平峡へと足を伸ばしました。
ダム湖へは一般車の乗り入れができず、
手前の駐車場から電気バス、または徒歩で行きます。
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ここに来たのは去年に続いて2度目ですが、
今回は徒歩を選択。歩くのは約2km、
大した距離ではありません。

ただし歩く距離の大部分はトンネルです。
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トンネル内はひんやりして
結構寒かった……。

2つのトンネルのあいだ、1カ所だけ
地上に出る区間があり、
そこが展望スポットになっています。
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「九段の滝」と名付けられた滝が
橋の下まで流れ落ちていきます。
これを見られるのは歩いた人だけです。
バスは一応、徐行してくれるみたいですが……。

ダムに到着したら、あれ!?
途中までは晴れだったのに、雲が出てしまった。
日射しがないと、紅葉の輝きが全然なく、
写真的にはだいぶ劣ってしまいます。

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写真はともかく、きれいな紅葉風景を
楽しむことができました。

このあと定山渓の豊平川でカヤックを漕いだのですが、
そちらは次の投稿で。












by wilderness-otaru | 2018-10-17 14:20 | 北海道の各地 | Comments(0)

紅葉を見に  ニセコ編

先日は所用もあってニセコ方面へ。
ちょうど紅葉シーズンだったので、
パノラマラインを回ってきました。
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蘭越の市街を見下ろす風景。
山はいい感じに色付いています。
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チセヌプリのあたり。

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大湯沼。
硫黄泉の泉源で、硫黄臭が立ちこめています。

余談ですが、実のところ硫黄は無臭で、
一般に硫黄臭といわれる匂いは
硫化水素のものらしい。

しかしまあ、「硫黄の香り」といえば
温泉情緒があるけれど、
「硫化水素の匂い」と聞いたら
何やら危険で息苦しくなる感じ。

旅行雑誌などの温泉に関する記事で、
硫黄の香りという表現はよく使われますが、
上記のような“化学的な正確さ”にこだわる編集者も、
たま〜にいて、ちょっと困ります。
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このあと、紅葉名所の神仙沼を通りましたが、
駐車場が満杯で、路上にまでクルマがびっしり。
沼めぐりの遊歩道も大混雑なのだろうと、
立ち寄らずに通り過ぎました。













by wilderness-otaru | 2018-10-16 11:19 | できごと | Comments(0)

地震!! 2018.9.6

2018年9月6日、北海道は大変な日になりました。
4日夜から5日朝にかけて、
北海道の西側を台風21号が通過。
強風による被害を残して過ぎ去ったと思ったら、
6日未明の午前3時8分、胆振地方の
厚真・安平付近を震源とする大地震です。
震源付近で記録した震度7は、
北海道では過去最大らしい。

こちら小樽は震度4(もっと強く感じたが……)
大した被害はなかったようですが、
大変だったのはそのあとの停電。
北海道全域で電気の供給が止まりました。

電力の完全復旧には1週間くらいかかるという
予想もあり、さらに水道が止まった地域も
あったようです。

午後になって近所のコンビニに行ってみたら……。
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薄暗い店内の棚はからっぽ。
スーパーやコンビニは、早朝から行列だったそう。

数日は電気なしの生活になることを覚悟していたけれど、
我が家では幸いにも午後5時くらい、
ちょうど日没が近づいた頃、電気が点きました。
復旧の状況は地域によって差があったようです。

「あって当たり前」と思っている電気の
ありがたみを痛感した1日でした。







by wilderness-otaru | 2018-09-07 00:00 | できごと | Comments(0)