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手宮線の八重桜

2017年、小樽市内の桜は、
どうもパッとしない感じでした。

名所といわれるいくつかの場所も、
通りすがりに見ただけで
花の付きが悪いのが一目瞭然というところが多く
じっくり見ることすらなく、
シーズンが終わってしまいました。

それから約2週間、
今度は八重桜が満開を迎えています。
こちらの咲き方は申し分ない様子です。

ちょうど近くを通りかかった手宮線跡地で。

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敷地に沿って何カ所か、
八重桜の木が並ぶところがありました。
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一陣の突風が花びらを散らす。











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by wilderness-otaru | 2017-05-19 11:01 | 小樽散歩 | Comments(0)

手宮線跡の散策路 (続き)落石が!!

手宮線跡の散策路の北端あたり。
ここから少し南側に進むと、
右手(山側)の線路際に
岩山が迫っている様子が見られます。
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小樽市街中心部と手宮地区のあいだにある山には、
そのものずばり「石山」の名があり、
町名にもなっています。
山頂部分は「手宮富士」、また海側の山麓では
地主の名から「荒巻山」という通称もあります。

山裾は海側に長く延びていて、
交通を遮断する形となっていました。
岩山を削り、苦労して線路を敷いた形跡が見られるのが、
このあたりです。
(詳しくは以前の記事を見てください)

ところが、この日は何と!
岩山の上の方から、石が崩れ落ちています。
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ひと抱えもある石が5〜6個。
歩道部分ではないけれど、
線路の上を歩く人もいるだろうし、
危ない感じ。

すぐに、散策路に関わりのありそうな
市職員の知人に連絡しました。
あとで担当部署が何らかの対処をしたようです。

思えば手宮線の長い歴史のなかでは、
大事に至らなくても、
落石が列車に当たることがあったかも……。












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by wilderness-otaru | 2017-04-20 00:17 | 小樽散歩 | Comments(0)

手宮線跡の散策路……C57 194動輪モニュメント……

小樽の市街地を通る旧手宮線。
昭和60年に廃線になりましたが、
北海道最古の鉄道という歴史を尊重し、
レールは撤去されずに
そのまま保存されています。
近年では、廃線跡が遊歩道に。

整備は段階的に進められてきて、
去年の秋(ほとんど冬)に北側の
手宮寄りの区間が完成しました。
その区間は歩いたことがなかったので、
先日、見てきました。
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北側区間は道を隔ててすぐ、博物館の敷地です。
線路の向こうに屋外展示の車両が見えるので、
多少の“現役感”があります。

遊歩道上には蒸気機関車の動輪の
モニュメントも置かれました。
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実はこの動輪、かつての手宮小学校にあったもの。
手宮界隈は鉄道にゆかりの深い地域で
小学校も鉄道関係者やその子弟を
多く輩出したことから、
昭和45年に創立70周年を迎えたのを記念して、
動輪を使ったモニュメントを設置したとのこと。

手宮小は統廃合で新たに手宮中央小学校となって、
校舎も新築されました。
それにともなって校庭にあったモニュメントが、
ここに移されたというわけ。
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これが手宮小時代の姿。
二宮金治郎さんの隣です。
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動輪の上にナンバープレートを付けるという
ちょっと変わったディスプレイでした。
上には「希望」の文字が刻まれています。
ナンバーはC57 194、四次型です。


新しいモニュメントではかつての
“斜め置き”スタイルは踏襲しつつ、
動輪はきれいに磨かれ、枕木を並べた上に置かれ、
装いも新たに。

でも……。
今更だけど、かつての廃線らしく、
ひなびた風情は捨て難かったなあ……。

当ブログでも手宮線にまつわる内容は
けっこう書いてきました。














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by wilderness-otaru | 2017-04-18 23:16 | 小樽散歩 | Comments(0)

手宮線 サンモールアーケードの裏手あたり

小樽市街中心部に残る廃線跡、旧手宮線。
明治13年に開通した北海道最古の鉄道、
幌内鉄道の一部である歴史的遺構です。
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今の時期は雪に埋もれています。
廃線跡は近年、遊歩道として整備されています。
全般に少々造り過ぎ、きれい過ぎの感もありますが、
ここでは古い枕木を再利用した柵、
錆び付き、ひしゃげた標識が残っていて、
廃線らしさを留めています。
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この場所は市街中心部〈サンモール一番街〉アーケードの裏手あたり。
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列車は通らなくても、踏切はちゃんと機能しています。
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この踏切の近くで見つけた光景。
「小さいおうち」。
今も人が住んでいるようです。
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近くに建つ石蔵。
○にスの字、「マルス」の印は新海金物店。
アーケード内で今も健在の老舗です。








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by wilderness-otaru | 2016-03-20 17:19 | 小樽散歩 | Comments(0)

手宮線、北側のあたり。

1985年に廃線になった
旧手宮線の線路跡。
小樽市街中心部、於古発通り
(おこばちどおり・通称“寿司屋通り”)から
中央通り付近までの間、
約500mは線路跡が遊歩道として整備されていますが、
北側の手宮地区では
未だ廃線のままの姿を残しています。
かつての手宮駅の近くでは……。
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犬があくびしていたり。
(聞くところによると、この犬って正しい血筋の北海道犬らしい)


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カラスがぼんやりしていたり。

何だかのどかな風情があります。
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ポイントを切り替える
転轍機も残っています。
そういえばこの標識、去年撮った写真を見ると、
ぐにゃっと曲がっていましたが、
いつのまにかきれいに直されています。
線路もかなり雑草に覆われていたのが、
今はずいぶんきれいになっています。
→これが去年の画像です


ところでこの手宮線の線路跡は現在、
遊歩道の区間を北側に伸ばす工事が
行われています(今はもう終わっているかも……)
どこまで伸ばしたのかと見てみたら……。
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はい、ここまで。
焼肉レストラン〈Gaja〉の裏手付近でした。

このあたりは大正元年から昭和18年まで、
元々の手宮駅とは別に、旅客専用の手宮駅が
設けられていた場所です。
あえてここまで遊歩道を延ばしたということは、
何か来歴を示すものでも設けられるのだろうか……。

すぐそばには僕の好きな“けもの道”が! 
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同様の道は花園町でも見つけましたが、
こんなところにもあったとは、
なかなか楽しい発見です。

それにしても廃線は廃線らしく、
あまり手を加えずに置いといてほしい。
ここから手宮へは、もうこのままでいいと、
個人的には思うんだけどね〜。






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by wilderness-otaru | 2013-11-02 23:19 | 小樽散歩 | Comments(0)

手宮線“最後の秘境”花園橋〜山田町の界隈

 手宮線に関してもうひとつ。
前回は花園、稲荷神社の裏手に残る
廃線跡に足を踏み入れましたが、
今回はそこから南側に進んでみます。

 手宮線はこれまでに市街中心部の区間が
遊歩道として整備されていますが、
現在はさらに北側、手宮まで
遊歩道を延ばす工事が進行しています。

 そんななか、こちら南側の区間は
未だ手つかずのまま。おそらく今後も
手を加えられることはなさそうです。
手宮線が廃線の風情を保っている
最後の区間といえます。
 水天宮の参道下、花園橋から下を見ると……。
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 函館本線の電車がひんぱんに行き交う
線路の下にひっそりと廃線が残っています。
 同じ場所で2009年に撮った写真を見たら……。
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▲何と! ジャングルのような雑草に覆われていました。
いつの間に草が刈り払われたようです。

 現在の花園橋は欄干に
「昭和三十七年十二月竣功」の文字が記されています。
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橋は明治時代から架けられていますが、
昭和37年に工事を行ったのは、
この区間の線路を高架化(昭和39年9月に完成)するのに先立ち、
橋をかさ上げする必要が生じたためです。

 ところでこの花園橋の南側、よく見ると
線路の切り通しに沿って
細い踏み分け道が付いています。
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▲道沿いには手入れの行き届いた花壇があったりして、
まるで人の家の庭みたい。
通っていいものかちょっと躊躇しますが、
ちょうど庭の手入れをしている
ご婦人がいたので聞いてみました。

曰く「通るのは別に構わないよ。
ここはJRの土地で、私たちが使わせてもらっているの」
とのこと。
それでは、と進んでみます。
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▲振り返れば花園橋が
こういうふうに見えます。
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▲こんな立て札もありました(でも吠える犬はいなかった)
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進むにつれて道は緩やかに下り、
線路と同じ高さにまで下がります。
手宮線の赤錆びたレールが
間近に見えてきました。
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もう少し進めば山田町と相生町の
境目となる踏切に出ます。
長さにして200mあまり、
手宮線沿いに残る“最後の秘境”区間が
そこで終わります。









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by wilderness-otaru | 2013-10-21 23:51 | 小樽散歩 | Comments(0)

花園、稲荷小路から手宮線の線路跡

花園銀座の繁華街から一歩外れたところに稲荷小路があります。
その名のとおり、突き当たりに小さなお稲荷さんのある小路。
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小さな祠ですが、手入れが行き届いています。
お堂の来歴については近くのラーメン店
〈自来軒〉のご主人が詳しいです。
このお稲荷さん、できたのは昭和50年代と、
意外にもわりあい新しいものらしい。
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この日は何故だか猫と仲がいい。

お稲荷さんの背後には手宮線の線路跡。
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線路を越えて、東雲方面から花園町に出る
“けもの道”が付いてます。
地元の人がたまに通ります。
いいなあ、この風景。

街並みのなかで風化し、朽ちていく。
「廃線」とはそういうものです。
きれいな遊歩道に整備された線路跡よりも、
こっちの方がいいな……。







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by wilderness-otaru | 2013-10-18 22:14 | 小樽散歩 | Comments(0)

錦町・石山の裾野 岩肌の切り崩し跡〜旧手宮旅客駅のあたり

 小樽市街中心部から手宮方面に向かう
メインストリートが錦町のバス通り。
この道沿いのスーパーシガからセブンイレブンにかけての山側には、
大きな岩山が道路近くにまで迫っています。
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 これが石山、手宮富士とも呼ばれる山の東側の裾野です。
 もともとこの裾野は海岸のすぐそばまで迫っていました。
この石山を切り崩す工事が始まったのは大正時代に入ってからのこと。
小樽運河を造るための埋め立てに、ここから土砂を運び出したのでした。

 今のバス通りもこの裾野にぶつかったところで
行き止まりになっていましたが、
この工事によって大正8年にようやく全通。
それまでは「手宮裡町(うらまち)通り」と呼ばれていた道が、
手宮への主要ルートとなります。
つまり石山を切り崩すことによって港の埋め立てと、
道路の開削ができ、一挙両得になったわけです。
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 ふだんはあまり意識しないけれど、
岩肌は道路のすぐそばに迫り、
切り崩した痕跡がはっきり見てとれます。
道路自体、この裾野をピークとして
両方向から上り坂になっています。

 おもしろいことに、ここで道路の反対側、
海側に目をやると小さな岩山が……。
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 なぜだかここだけ、ひとかたまりの岩が残っているのです。
 岩の一部は直角に削られ、人為的な作業の跡を思わせます。
 かつてこの場所には竹屋さんがあり、
この岩を壁として倉庫を造っていたのだそう
(この話は以前、北運河〜手宮地区で街歩きのイベントを行った際、
参加者の方から逆に教えられた貴重な証言でした!)
 空き地にちょっとお邪魔して奥を覗くと、
足元には手宮線の線路跡が見えました。
10mくらいの高度差があることがわかります。
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 ちょうどこの場所には大正元年から昭和18年まで、
旅客専用の手宮駅が置かれていました。
その頃、もともとの手宮駅が増大する石炭輸送で
手狭になったための処置でした。
戦後になって再び、本来の手宮駅で旅客扱いも行われるようになって
こちらの駅は廃止され、現在、駅の痕跡は何も残っていません。

 回り道して、線路のある側に下りてみます。
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▲画面左がライブハウス〈Gold Stone〉、右は焼肉店〈Gaja〉(ガヤ)
Gajaの裏手がかつて手宮駅があったあたりです。
それにしても、ここで道路が弓なりに弧を描いているのは不思議な光景。

Gajaの建物を避けるためではなく、たまたま道が曲がっているので、
そこにあとから建物ができただけです。
 道が曲がった理由は古い地図(「小樽高島市街之図」明治24年)を見るとわかります。

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 この時代、石山の裾野はぐぐっと海側にせり出していて、
道路はそれを避けるためカーブを描くように造られたのです。
その曲線が今なお残っているというわけ……。

 この図では岩肌のゴツゴツした様子が、なかなかリアル。
 せっかく造る道だから、ひとがんばりして岩を削れば
すっきりと直線にできたのだけど、
「ま、いいか」ということで、こうなっちゃったのでしょう。
造った人の性格が出ますね……(笑)。

 ちなみにこの時代、この区間の鉄道の線路は道路上に敷かれていました。
山を切り崩して鉄道用地を確保する手間を惜しんだためで、
石炭を積んだ列車がまるで路面電車のように道路上を走っていたのです。
 この地図からは、現在の錦町・バス通りが石山の裾野にぶつかるあたり
(「郵船会社」の裏手付近)で行き止まりになっている様子もわかります。















 

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by wilderness-otaru | 2013-09-03 11:36 | 小樽散歩 | Comments(0)

2012 小樽 鉄路写真展

旧手宮線、線路跡の一角で毎年恒例の野外写真展が開かれています。
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写真の見せ方にも、いろいろ工夫が凝らされていておもしろい……。
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廃線から30年近く経って、なお“鉄路”の雰囲気を留める線路跡です。
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by wilderness-otaru | 2012-08-28 11:29 | できごと | Comments(0)

手宮線

今は草ぼうぼうの旧手宮線、線路跡。
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色内と錦町のあいだにある古い踏切です。
(あいだにある、というか、鉄道を境にして町域が区切られたのだろうけど……)

踏切脇に立つ錆び付いた看板をよく見ると……
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何と書いてあるか、読める?

「この踏切には敷板がありませんので車輌(馬そりを除く)は通行できません。期間12月25日から3月31日まで」

とあるのです。街なかで馬そりが見られたのは大体、昭和40年代まででしょう。
多分この看板も50年くらいは経っているものと思われます。

踏切の脇には大きな三角形の標識が。
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道幅を示しているのだろうけど、ずいぶん仰々しい感じ。
雪がどっさり積もってもわかるようにしたのだろうか(馬そりのために!?)

同じ手宮線の線路跡でも街なかの区間はきれいに整備されています。
でも公園のような“きれいすぎる”廃線跡には魅力がない。
草むして朽ちた古色漂う景色に、何かひかれるものがあります。
廃線は文字どおり「廃れた線」らしく……。

さらに手宮方面に進んで……。
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手宮線は戦前まで、複線だったのですね。
しかし戦争中、鉄材供出で片側の線路を取られてしまった。
石炭輸送に忙しかった時期なのに。






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by wilderness-otaru | 2012-06-26 16:11 | 小樽散歩 | Comments(0)